コラム
〜姿勢〜
フラメンコを知ったおかげで、きっと私の人生は全く別のものになったんだろうな。昔の自分といったら、ろくに運動していなくて、筋肉はついてないし、姿勢だって良くはなかった。フラメンコを通じて、徐々に筋肉がつき、体幹を意識できるようになり、姿勢が改善されていった。それに合わせて、我が強かった部分も少しはマシになってきたよーな・・。フラメンコに真剣に取り組み、素晴らしい表現をする友人達を見て思うのは、実に謙虚で人間的に素晴らしい人が多いこと。物事への深い探求心、物事を受容できる肉体がそうさせるのではないかと思っている。
〜空間を創る〜
フラメンコとは、歌、ギター、踊り、の3者が、空気を介して感じ合い、伝え合いながら展開されていく音楽であり踊りである。実際に踊っている時、そこに漂う空気は非常に有機的だと感じられる。
ところで、私の趣味は建築や街観察。何故興味があるのだろうと思っていたが、ある時「私は”空間を創る”ことに興味があるんだなぁ」と気づいた。
フラメンコによって創られる瞬間的な空間であれ、建築家が創る永遠を感じさせる空間であれ(30年ぽっちで跡形もなく壊しちゃいけんよー)、有機的な空気の漂うものに心惹かれる。
〜ペソ〜
「ペソがある」状態を日本語で表現すると、「足裏を通して床とつながっている感じ」「ハラの座ったゆるぎない感じ」ということになると思っているのだが、このペソは曲者で、自分自身に少しでも隙があると途端にどこかにいってしまい、一人残された気分になる。隙は、心がざわざわしていたり、変な緊張があったり、(忙しかったり悲しかったりして)自分とあちら側の間に壁を作ってしまうような状態だったりすると起こる。肉体的な部分ではなく、精神的な部分と関係している。日常と舞台上は直結している。
〜内、表面、空間〜
以前は踊っている時にどのように身体が動いているか(ポジション、スピード、強弱)、それでよいか、という考えしかなかった。いわば表面(内と外の境目の皮の部分)しか見ていなかった。最近は大きく変わりつつある。自分の居場所(表面積ではなく容積的な意味で)も含めた空間について考える。壁の向こうや床の向こうをも感じる。内から出るエネルギーがいかに空間に対して影響するか。自分を含めた周りの空気と一体になって踊りたい、そう考える。
〜胴体で踊る〜
フラメンコを始めた最初の頃は、”手を覚えて、足を覚えて、さぁ同時にやってみましょう”という事をやっていて、『なんだか昔どうもできなかったエレクトーンみたいだ』と思っていた。いやしかし最近は、手や足はあくまでも付随的なもので、胴体で踊るものだなぁと思う。呼吸を音と一体化させ、背中で腕を制御し、内臓や背骨で伸縮し、骨盤で下半身を制御し、丹田で歩を進める。踊りだけじゃない。街を歩いていて、なんとも無駄なく自然に歩いている人にハッとする事がある。胴体ができているのだ。
